VAL-MAPの手順(1)マッピング計画

1.切除計画をたてる
☞マーキングとマッピングのコンセプトの違いを知ろう!
VAL-MAPが従来の「マーキング」と異なるのは、単に病変部位を同定するだけでなく、VAL-MAPの複数マーキングが切除ラインを設定するためのナビゲーションとして働く点です。逆に言えば、VAL-MAPでどのような「肺マップ」が最適かは、どのように切除を実施するかにかかってきます。具体的には、まず部分切除か区域切除か、どの程度の切除マージンの確保を目指すか、ステープリングするとすれば、どの方向から、どう切り抜けるのか―といった具体的な手術計画になります。従来のマーキングが、その方法によらず、腫瘍の近傍にマーキングを施すのとは大きく異なります。
☞VAL-MAPを計画する前に、まず切除計画を立てよう
切除計画をどのようにたてるのか、これは外科医によってさまざまだと思います。どのような方法でもいいでしょう。ただ、「何となく」ではなく具体的な形にすることをお勧めします。その辺の紙の切れ端に絵を描いてもいいでしょう。実際、以前はそのように行っていました。最近は、Synapse Vincentの肺切除解析を使って、立体的な肺のイメージのどこに腫瘍が位置し、目標とする切除マージン(例えば腫瘍径以上とか2㎝以上とか)と、切りやすい角度(とくに部分切除の場合)を考慮して切離ラインを考えます。この作業はそこまで厳密である必要はありませんが、VAL-MAPのルートを決める前に、3次元的に切除をイメージすることが重要だと思います。切除あってのVAL-MAP、ということです。尚、後述の「マッピングモード」でも、肺を3次元的に見ながらマッピングの計画をたてることになりますが、肺の縮小手術をデザインにおいては、葉間との関係も非常に重要であるため、Synapse Vincentの肺切除解析を使うようにしています(必須ではありません)。
2. マッピングをデザインする
切除のプランができたら、今度はそのためにどのようなマッピングが最適か(どこに色素マークを配置するのが最適か)を考えることになります。次に述べる「マッピングモード」を使う場合には、マッピングのデザインとルートの決定が同時になされることになりますが、ここでは順を追って、まずマッピングのデザインを考えていきます。
(1) 末梢肺病変に対する部分切除のマッピング:病変を囲む3か所程度のマーキングを置くことが多いです。最終的には、その患者さんの気管支の解剖次第ではありますが、マーキングが切離ラインを直接示すようなマッピングが可能であれば、術者は何の迷いもなく短時間で手術を完遂できることになります(下の図の左側の図)。実際は患者さんの解剖がそれを許容しない場合も多いですが、その場合でも、上記に近い形で3-4か所程度のマーキングを配置することで肺表面に「座標」を与える役割を果たすことができます(図の真ん中の図)。具体的には、マーキングの相対的位置関係から、場合によってはマーキング間で補助線を引き、例えばその中点を「仮想マーキング」とすることで、より正確な切離線を導き出すことができます(真ん中の図の下)。
ただしこの場合、可能な限り,標的病変の両側にマーキングを置くようにするのがよいでしょう。片側だけにマーキングがあると,腫瘍を中心とした座標の設定が困難になりやすいからです(右の図)。その場合でも、マーキング同士を結ぶ線を延長して仮想マーキングを置くことで、より正確な切離線を導き出すことは可能です(右の図の下)。また腫瘍から少し離れた位置にマーキングをデザインすることもコツの一つです。マーキングが腫瘍に近すぎると、かえって相対的な位置関係を把握しにくくなります。また触診で腫瘍を確認したい場合にも、逆にマーキング自体がアーチファクトになって確認が難しくなることがあります。
ご参考までに、具体的なVAL-MAPのデザイン例はこちらをご覧ください。

(2) やや深い部分切除(いわゆるwide wedge resection):VAL-MAP(原法)にとって、深い位置にある腫瘍に対する部分切除は若干苦手なポイントです。VAL-MAPが付与するのは肺表面の情報であり、深い部分切除に本来必要な深さに関する情報が与えられないからです。このことをはっきりと証明したのが、VAL-MAPの最初の先進医療で、マージンを加味した切離ラインの深さが3cmに及ぶ場合、約10%でマージンが不足する、というデータが出ました(試験の詳細はこちら)。この問題を克服する方法として、すでにVAL-MAP2.0が開発され臨床試験を終えていますが(詳細はこちら)、まだ保険診療とはなっていないため、VAL-MAPを用いて比較的深い位置にある腫瘍を部分切除しようとする場合は注意が必要です。
具体的には、腫瘍周囲のマーキングを、病変の深さに応じて腫瘍から離れた位置に置くことがポイントです。つまり、ステープラーをつかった肺部分切除では肺を外側から「鷲づかみ」することで深い位置の病変まで切除するので、外側の組織をとればとるほど、より深い位置にまでステープリングすることができるようになります。ここは従来、外科医の勘によるところが大きく、どれくらい外側から行けばどれくらい深く肺組織をとれるかは外科医の経験に基づく感覚的な部分でした。VAL-MAPを使う場合はそうした「外科医の勘」をある程度補うことを目指すことになり、目安としては肺表面からステープラーで到達したい深さまでの距離(=腫瘍の深さ+マージン)と同じかそれ以上外側にマーキングを置くようにするのがよいと思われます。それでも、切除マージンを加味した理想の切離ラインがCTでみて外套1/3より内側にあるようなケースでは、かなり注意して手術を行う必要があるといえるでしょう。

(3) 区域切除:VAL-MAPは区域切除にも応用が可能です。区域切離線を設定するには、含気虚脱、ICGなどいろいろな方法がありますが、VAL-MAPは特に、conventionalな解剖学的区域切除ではない場合―マージン確保のために隣接区域に切り込む「拡大区域切除」や、亜区域合併切除などの複雑な切除で特に力を発揮します(このあたりの考え方についてはこちらの論文をご参照ください)。
区域切除におけるVAL-MAPは,基本的に(亜)区域間付近をめがけてのマーキングを複数施すことになります。どのようなマッピングにするかは切除対象となる区域と病変の位置次第ですが、とくにマージンが厳しくなる部分にはバックアップを兼ねて複数のマーキングをほどこし、より確実にマージンが確保できるようにするのがよいと思います。気管支は基本的に区域の中を走行するので、普通に考えると区域の中しか色素で染まらないのですが、VAL-MAPでうまくマーキングできた場合は小葉単位で染色され、色素は原則的に区域間を越えないため、区域間面に接する小葉を染めることができれば、その染色によって区域間が描出されることになります。複数のマーキングを行うことで、れらを連続させることでほぼ解剖学的な区域切除が可能となります。もちろん、他にも解剖学的な区域を描出する方法はいろいろなるので、たとえばS6の区域切除で切離ラインから腫瘍が十分はなれている(S6aに腫瘍がある)場合などは、わざわざVAL-MAPの手間をかける必要はないでしょう(私はそのような場合はICGを用いています)。また、とくにマージンが厳しい部分で、切除対象の区域に隣接する区域に切り込みたい場合(いわゆる拡大区域切除)や、区域間を染め分けられそうな適切な気管支の枝がない場合には、隣接する区域からマーキングを施すのもよい方法です。


ご参考までに、具体的なVAL-MAPのデザイン例はこちらをご覧ください。
3.ルートの作成
切除のイメージができたら、今度はバーチャル気管支鏡を用いて,マッピング予定部位へのルートを作成します。ここは、使うワークステーションやプログラムによって手順が多少異なりますが、目指すところは同じです。要は、理想とする「肺マップ」に近づけるため、どの気管支の枝に入っていったらよいかを決定していく作業になります。大きく分けて、①肺の末梢までナビゲーションするマッピングモードを使う場合、②気管支の途中までナビゲーションするプログラムを使う場合、③マニュアル操作のバーチャル気管支鏡を使う場合、に分けられます。
① マッピングモードが使える場合
この選択肢の代表は、富士フイルムメディカルのSynapse Vincentの「マッピングモード」です。最近では、ZioStationでも類似のマッピング用のプログラムがadd-onで用意されています。
これらのマッピング用のモード、プログラムのアルゴリズムは、対象となる特定の患者さんの気管支の枝を読み、その延長線を肺の末梢(=胸膜)まで伸ばすことで、マッピング候補ポイントを網羅的に表示することで成り立っています。当然気管支はまっすぐではないので、プログラムが気管支と認識できる枝をどのように延長するかはプログラムによって異なりますが、その元となる発想は同じです(着想の詳細は、拙著「なぜ臨床医なのに研究するのか」に書いています)。
マッピングモードの使用は,もっとも短時間でVAL-MAPの準備が可能となる方法と思われます。Synapse Vincentの「マッピングモード」を使った経路作成の手順はこちらをご覧ください。
② 気管支の途中までナビゲーションしてくれるプログラムを使う場合
この方法は、バーチャル気管支鏡に特化したプログラム(旧来のVincentの気管支鏡ナビゲーションやBf-NAVI、Lungpoint など)に付随する、標的病変にもっとも近接するルートを選択する機能(主に生検目的)を利用するものです。この機能は本来気管支鏡生検(TBLB)などに利用することを意図しています。
次の③で述べるマニュアル操作による方法と比べると、ある程度目標地点をCT上で定めることで、そこに至るルートをプログラムが選択してくれる点で労力を省くことができます。生検目的の場合と同様、切除の標的となる病変に至るルートをそのままマッピング用に用いることも可能ですが、それではマッピングに最適なルートが選択されるとは限りません。むしろ、理想的なマッピングをイメージしつつ、それに近い末梢気管支をマニュアルで選択し、そこにいたるルートを自動抽出してもらう、という使い方が適切なように思います。
一方この方法は、上記のマッピングモードを使用した場合と違い、肺表面に到達予想点が表示されません。したがって気管支の枝の別れ方から肺表面の到達予想点を推測してマッピング計画を立てることになります。この際、選択した気管支ルートをあらためて下記③のマニュアル操作のバーチャル気管支鏡で途中まで追跡し,そのまま気管支の向かう方向に向かってバーチャル気管支鏡を進めることで肺表面のマッピング予想点を推測することも可能です。
③マニュアル操作のバーチャル気管支鏡を使う場合
マニュアル操作によるバーチャル気管支鏡を用いてルートの選択・作成を行う方法です。CT画像を元にバーチャル内視鏡を作成する基本的なソフトがありさえすればできる方法で、VAL-MAP開発当初はこの方法を用いていました(具体的には、京都大学のワークステーションに付属しており、各電子カルテ端末から操作可能だったテラリコン製の「Aquarius NET」を使用)。その他、フリーやかなり安価なソフト(DICOMビューアー)を自分のパソコンに導入することでも、この方法でVAL-MAPを準備することが可能です。Windows対応ですぐに使えるものとしては、ザイオソフト社製の簡易ワークステーションであるZioCube(39,600円(税込)/年)があります。またMac OS X 対応では、Oxirix(オザイリクス) が 無料から使えます。
手順としては、まずおよその到達点とルートを元のCT画像で想定し,そこに至るルートをバーチャル気管支上で確認する方法が最も早いと思われます。そのためには、CTで気管支の枝をある程度追跡する読影力が必要です。といっても、マニアックな名前を覚える必要はなく、上記1の「切除計画」に見合った色素マークをどこに置くか考えながら枝を選べばよいだけです。上記①②のようなルートを追跡するプログラムを使ったやり方との違いは、3次元的なイメージの上で枝を選べないことで、2次元のCT画像で、3次元的に腫瘍との位置関係を想像しながら枝をえらばなければなりません(いったん候補の枝を選んだら、そのマーキング想定部位を3D上に表示して腫瘍との位置関係をみることは可能です。
枝選びが終わったら、今度バーチャル気管支鏡を手動で操作し、同時にMPR画像(CTの水平断、冠状断、矢状断)を見ながら、任意の方向にバーチャル気管支鏡を誘導していきます。バーチャル気管支鏡上で気管支はある程度(CTで外套1/2程度)まで追跡できると思いますが、それ以上は肺実質にうもれて追跡困難となります。それでも伴走する肺動脈をCT画面上で追跡したり、気管支が自然に進むであろう方向にバーチャル気管支鏡を進めることで、およその肺表面の到達点を求めることはできます。実際、上記①で示したSynapse Vincentの気管支鏡シミュレーター「マッピングモード」を用いて求めたマーキング予想位置と、マニュアル操作で求めたマーキング予想位置にはそれほど大きな差はありません(1)。またフリーソフトを使用したVAL-MAPでも十分に良好な結果が得られることが、東京医科歯科大学の研究で示されています(2)。多少手間はかかりますが、このやり方で、フリーや安価なソフトをつかっても、最新のVincent マッピングモードと同じようにVAL-MAPを計画することが十分可能であることを強調したいと思います。
逆に、VAL-MAPをやってみたいけれど高価なソフトやワークステーションが必要なのでためらわれる....と思っている方は、まずこれらのフリー/安価なソフトを使用するか、すでにご施設に導入されているワークステーション(たとえば放射線部がZioStationを持っている、など)を使わせてもらって、マニュアル操作でVAL-MAPをデザインして、その良さを知っていただくのがよいと思います。
参考文献
(1)Sato M, Nagayama K, Kuwano H, et al. Role of post-mapping computed tomography in virtual-assisted lung mapping. Asian Cardiovasc Thorac Ann. 2017;25:123-30. マニュアル操作でデザインしたVAL-MAPとマッピングモードで大きな違いがないことを示しています。文献のダウンロードはこちら。
4. 気管支鏡の際に参照しやすいルートの記録方法
☞ 今のところベストな方法は、情報の連続性を保ったバーチャル気管支鏡のスナップショットを並べたパネル(↓)の作成

多くのワークステーションでは、バーチャル気管支鏡のルートを動画として記録する機能がついています。しかし残念ながら実際には、こうして作成された動画は、実際に気管支鏡をやる現場であまり役に立ちません。その理由は、動画が気管支鏡とリアルタイムでリンクしていないからです。またバーチャル気管支鏡の「向き」も重要な要素で、少し角度が変わっただけで、私たちの頭は完全に混乱します。
またバーチャル気管支鏡が内視鏡室で操作できた場合でも、結局はバーチャル気管支鏡の操作に人手を一人とられることになりますし、リアルタイムでバーチャル気管支鏡を操作しようとしても、タイミングが少しずれれば混乱を招きます。
私自身は、VAL-MAP開発当初から今に至るまで、一貫して同じ方法をとっており、かなりアナログな方法ですが、superDimensionのようなリアルタイムナビゲーションを行わない限りはベストと思われる方法をここに紹介します。
基本的にバーチャル気管支鏡のスナップショットをとっていくのですが、この際に一番重要なポイントは、スナップショットの間で情報の受け渡しを行うこと、です。具体的には、次の図で示すように、ある気管支の分岐部に印をつけて、それが次のスナップショットにも入るようにする。そして次のスナップショットでは、その次の気管支の分岐(別の印をつけた)が映るようにする、という単純なものです。



の情報を引き継ぎつつ、次の分岐である「Z」の情報を新たに加えています。
これを、バーチャル気管支鏡が読み取れる限り末梢の気管支まで繰り返してまとめたのが次の図です。1つの経路が、気管支鏡を行いながらでも参照できるパソコンの1画面に収まるようにすると、途中で画面を切り替えたりしなくてよいので便利でしょう。個人的には6枚のスナップショットで1経路に収まるようにしていることが多いです。こうしたバーチャル気管支鏡の「6コマ漫画」を、経路のどこから始めるかは、解剖の知識とあわせてわかりやすいところから始めるとよいでしょう。気管や気管分岐部から始める必要はまったくありません。6コマの1-2枚は、透視で見た時にカテーテル(=経路)どのように見えるか、という「バーチャル透視画像」に相当するスナップショットを入れるようにしています。Synapse Vincentでは「レイサム画像」という表示モードがあり、そのスナップショットをとってきますが、CTの冠状断や矢状断のスナップショットでもよいでしょう。

こうしたパネルを作成する際に、スナップショット間で情報をしっかり引き継ぐこと同様に重要なのが、スナップショットを撮るときに、バーチャル気管支鏡を安易に回転させないことです。何の断りもなくバーチャル気管支鏡が回転すると、その図を見たときに頭は完全に混乱します。どうしても自分の気管支鏡操作にあわせてバーチャル気管支鏡を回転させたい場合は、特定の規則に従って明示的に行うのがよいと思います。例えば、私自身は実際の気管支鏡でB6に入るときは通常アップで入るようにしていますが、バーチャル気管支鏡でもB6に入るときは必ずアップで入る形(つまり、B6と肺底区気管支の気管支壁が水平になり、B6が上にくるような図)にしています。同じようなルールは、右上葉気管支や左上区枝に入るときにも適応しています。個人の好みで、そうした決まり事をつくったうえで、誰が見てもわかるよう明示的にパネルをつくるとよいと思います。



